日本にピラティスが流行する前のこと ①

クラシカルピラティスインストラクターのJUNです。

今回はわたしがピラティスと出会った頃のお話です。

スポーツジムといったらプールがあるのは当たり前で、ゴールドジム※1がにわかに注目され始めてきたか、どうかの時代の話。
日本でフィットネスと言えばエアロビクス、そしてジムといえばマシンのトレーニングルーム、エクササイズスタジオ、そしてプールがあるのが主流でした。

その頃のジムのスタジオプラグラムは、エアロビクスが初級、中級・・などレベルやスタイルを変えて多く組み込まれており、その他、太極拳、バレエ、健康体操、ヨガといったラインナップ。プラス、スタジオのスタッフによるストレッチや筋トレのショートプログラムで構成されていたと記憶しています。

そこに、日本で初めてプール無しのジムをフランチャイズ展開する!と、スポーツ業界に新しい風を吹かせようとする動きがありました。
そして私は、その動きの始まりにいたのです。

この冬にやっていた森七菜主演のドラマ「この恋あたためますか」。私のピラティスとの出会いと重なる部分があって興味深く観ていました。そのドラマ主人公はアイドルグループをクビになり、夢破れてコンビニでアルバイトをしている。そこへ、働いているコンビニの社長が直々に、自身のコンビニスイーツ戦略の力になってほしいと主人公の女の子の前に現れ、彼女は社員として本社へと招き入れられる〜という展開です。

私は幼少の頃から舞台芸術に携わり、大学では演劇を専攻、その後劇団へ入団しましたがその程度の舞台しかありませんでした。なので、30歳になった年だったか舞台で生計を立てていくような人生をあきらめた時は、自分のアイデンティティを失い、自信喪失。慣れないスーツを着ての事務仕事、やればやるほど自分の出来なさを痛感し、アルバイトからでもいいから自分の経験が多少なりとも生かされる場を探していました。

そんな中で面接を受けたスポーツジム。アルバイトの面接で話をした社長。採用には、私の英語ができること、ダンスや舞台の経験があることが決め手となったようで、

「君には日本にピラティスを広める手伝いをしてもらいたいんだ。」

「???」

この時初めて、このジムの社長から、『ピラティス』という言葉を聞きました。

ジムトレーナーとしての研修は、チャックウィルソンが担当でした。新しいスタイルのスポーツジムがオープンの日をむかえ、ここから私のトレーナーとしての生活がスタートしたのです。

※1、日本では有限会社スィンク(現・株式会社THINKフィットネス)が米GOLD’S GYM FRANCHISING(GGF)社とフランチャイズ契約を締結し、1995年7月に日本第1号店「ゴールドジム イースト東京」をオープン。1998年にGGF社とマスターフランチャイズ契約(日本国内におけるフランチャイズ展開も含む)を締結。閉鎖した店舗の継承や、FCで全国に店舗拡大している。~ウィキペディアより